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当たり前の基準

中2の社会科の授業中、先生が突然こんな事を聞いてきた。
「昨日、両親が選挙に行った人~」
手を挙げたのはクラスの3分の1位しかいなかった。
その後、先生がぼそっと「君達の親の世代は選挙に行かないのか」と文句を言っていたのを覚えている。
私は頭も良くなく、世間の事がよく分からない子供だったので、先生がそんな質問をした事も、クラスメイトの親は選挙に行ってないという事にも大変驚いてしまった。
と、いうのも、私はそれまで大人になったら選挙に行くものだと認識していたからだ。


いつも選挙の日は、午前中に祖父母が選挙に行き、午後に両親が選挙に行くのが当たり前だった。
お昼の時間に行くようだったら、私達も一緒について行って、その後お昼ご飯を食べに行く事もしばしばだった。

私にとっては当たり前な選挙の日の光景だった。


その後、私は政治にも世の中にも興味があるわけではなかったが、二十歳で選挙権を得て、当たり前のように毎回選挙に行っている。

頭も良くないし、政治の事もいまだによく分からないし、誰を選んだら良いのかも正直よく分からない。
でも、分からないながらも自分なりに考えて投票に行っているつもりである。

選挙の日に予定があるとか、誰を選んだらいいか分からないとか、興味が無いとか、そういうのは言い訳に過ぎないと思う。

実際私は仕事柄、毎回ほぼ期日前投票に行っているし。
まだ20代の頃は、期日前投票に行くと、同世代なんてほぼいなくて、受付の人に「ありがとうございました。」とよく言われていた。
正直、当たり前な事してお礼を言われる世の中に悲しくなった。


どこのお店が美味しいとか、どこの商品がいいとか、何でもかんでもネットで調べるような世の中なのに、誰を選んだらいいか分からないから選挙に行かないというのは何か違う気がする。

そして、選挙に行ってないと自慢のように公言する人も、選挙に行って偉いねという人にも違和感を覚える。

中2の社会科の授業で見た光景のように、親が選挙に行ってないから、当たり前の基準が違うのかもしれない。



自分の一票で世の中なんて変わらない。
でも、何かを変える事は大きな力ではないと思う。
小さな事の積み重ねでしかないのだ。

少しでも当たり前な基準が変わっていけば…と思う。
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